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岡山地方裁判所 昭和43年(ワ)270号 判決

原告 備前興業株式会社

被告 吉本株式会社

主文

訴外中村武士が昭和四三年三月二四日付をもつて、その営業商品たる寝具、その他衣料品等(価額約一〇〇〇万円相当)の所有権を被告に対して譲渡した行為のうち、右商品価額四二万四九九五円相当部分を取消す。

被告は原告に対し、四二万四九九五円およびこれに対する昭和四三年五月一日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり主張した。

一、原告は、訴外中村武士に対して、昭和四二年九月一六日から同四三年三月八日までの間、学生服、カツターシヤツ、作業ズボン等衣料品を継続して、代金合計五七万四九九五円で売渡し、その未払残金は昭和四三年二月二五日現在四二万四九九五円である。

二、右訴外人は、かねてから被告とも衣料品の売買取引等をし、昭和四三年三月二四日頃現在で、被告に対し右取引上の買掛等債務は一四八〇万円に達するほか、他の卸売業者、金融機関等に対する債務はその頃約二六〇〇万円に達していたところ、これに対して、右訴外人の資産はその頃、その店舗等に存した寝具その他衣料品等の商品(時価約一二〇〇万円相当)のほかは皆無であり、したがつて右訴外人は右商品の所有権を特定債権者にのみ譲渡すれば、他の債権者を害することは明らかであつたのに、それを知りつつ、あえて被告と通じて、同被告に対し、昭和四三年三月二四日に右商品のほとんど全部の所有権を被告への債務の弁済に代えて、あるいは担保のために移転し、これが引渡をした。

三、かくして、右訴外人は倒産し、原告はじめ他の債権者らは同人から債権の回収をすることができなくなつたが、被告が持帰つた商品は、ほとんど他に売却するか、あるいは残存したものも同人が以前から所有していた商品のうちに混入する等、これを他と区別して認識することが不可能な状態であるから、原告は右訴外人が被告との間にした右法律行為につき、そのうち原告の同訴外人に対する前記債権額四二万四九九五円に相当する部分の取消と受益者たる被告から損害賠償として右同額およびこれに対する前記法律行為より後である昭和四三年五月一日以降完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告主張の二の事実中、訴外中村武士と被告との間で、昭和四〇年一月七日ないし同年七月二六日にその主張のごとき契約が結ばれたとの事実は知らない。

五、被告主張の四の事実を否認する。

六、仮りに、被告主張の昭和四〇年一月七日ないし同年七月二六日の契約が締結された事実が存するとしても、その目的となつた右訴外人の店舗、倉庫に存する商品は、その取引の経過にともなつて絶えず増減変動し、右契約当時のそれと昭和四三年三月二四日当時のそれとが前後を通じて社会通念上一個の集合物として同一性を保有するものであると把握することはできず、また、その主張の契約は、その内容を実現する時点において存する被告の右訴外人に対する債権額の限度で商品の所有権を移転するというのであるから、移転時においてはじめて、右訴外人を被告の合意をまつて目的物件が特定することになるのであつて、かかる事情の下においては、被告主張のようにその主張の契約締結時が詐害行為の要件具備の有無を判断する基準となるべきであると解するのは相当でない。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり主張した。

一、原告主張の一の事実は知らない。

二、同二の事実中、その主張の日時に訴外中村武士が被告との間で、その主張のような法律行為をしたとの点およびそれが原告の債権を害することが明らかであつたとの点を否認する。被告は原告が右訴外人と取引をはじめるより前である昭和四〇年一月七日に、そしてその後同年七月二六日に内容を若干補正したが、結局、右訴外人との間で、継続的商取引契約にともない、同訴外人の振出、引受、裏書、保証した手形、小切手が不渡となつた場合または被告が必要と認めた場合は、同訴外人の店舗、倉庫に存する商品全部のうちから、この時点における被告の同訴外人に対する債権額の限度の商品を被告に譲渡することにする旨の約を結び、被告はこの約旨に基づき、右訴外人がその振出にかかる手形の不渡となることが明らかとなつた時点である昭和四三年三月二三日頃、同訴外人から、その店舗、倉庫内の商品の所有権の移転ならびにこれが引渡を受けたものである。

当時、右商品の時価が約一二〇〇万円であつたとの点および右訴外人のその他の卸売業者、金融機関等に対する債務が約二六〇〇万円に達していたとの点は知らないが、その余の事実は認める。

もつとも、当時、被告の右訴外人に対する債権は一四八〇万円ではなくて、一三七三万八一〇八円であつた。

三、同三、四の事実は否認する。

四、被告は右訴外人から商品の所有権の移転を受けた当時、これによつて原告ら他の債権者を害するとは知らなかつたものである。

五、被告が昭和四〇年一月七日ないし同年七月二六日に右訴外人との間で結んだ前記契約は、その締結当時、同訴外人の店舗、倉庫に存した商品を、その増減、変動にかかわらず、一個の集合物とみて、この総体をもつて、両者間の取引上発生する被告の債権に対して一個の担保的機能を営ましめようとの企図に出たものであつて、昭和四三年三月二三日頃になされた商品の所有権移転行為が、法律的にみて、譲渡担保の性質をもつものであろうと、はたまた代物弁済の性質をもつものであろうと、いずれにせよ、それは原告の右訴外人に対する債権の発生前たる前記契約に依拠するものであるから、詐害行為の要件具備の有無は、この契約の時点を基準とすべきものであつて、原告の本訴請求は理由がない。

立証〈省略〉

理由

一、証人水川実の証言ならびに同証言により成立を認めうる甲第一号証、第二号証の一、二を綜合すれば、原告主張の一の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

二、訴外中村武士が、かねてから被告と衣料品の売買取引等をし、昭和四三年三月二四日頃当時、被告に対し右取引上少くとも一三七三万八一〇八円の債務を負つていたことおよび当時同訴外人の資産がその店舗、倉庫等に存した寝具その他衣料品等の商品のほか皆無であつたことは当事者間に争がない。

三、証人岡崎一馬の証言により原本の存在ならびに成立を認めうる乙第一号証の一ないし三、第二号証、成立を認めうる同第三、四号証、前顕甲第一号証、証人中村武士、岡崎一馬の各証言(いずれも後記認定に牴触する部分は措信できないから除く。)ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

被告はかねてから訴外中村武士に対して継続的に衣料品を卸売していたが、昭和三九年頃から取引額が次第に増大するにおよんで、昭和四〇年一月七日に、同訴外人との間で、右取引上同訴外人が振出、引受、裏書、保証した手形、小切手が不渡となつた場合または被告が必要と認めた場合には、同訴外人の店舗に現存する商品を卸時価で評価して、被告の債権額の限度で、これが所有権を被告に移転し、かつ引渡し、これら商品は被告において任意に換価処分し、その費用を控除した残額をもつて弁済にあてる旨約し、ついで、同年七月二六日に、右目的たる商品の範囲を右訴外人の店舗のみならず倉庫に存するものにまで拡大し、かつ、所有権の移転、引渡は同訴外人が自発的になす旨約し、爾来この両者間に取引が継続されてきたところ、その後、この取引上発生する被告の債権が漸次多額化し、被告は昭和四二年頃から右訴外人に対する商品の卸売を停止し、以後は日歩五銭の割合による利息で資金の貸付をし、同訴外人に対する商品の卸売は原告ら他の業者がしていたが、昭和四三年三月二三日にいたり、同月二五日に満期の到来する右訴外人が支払うべき手形金四六〇万円位(原告の前記債権中八万一九三〇円の為替手形金はもちろん、その他の債権者の手形金もこのうちに含まれている。)の融資方を被告に懇請したところ、被告は自らの資金繰りの都合上、これを拒否し、これによつて同訴外人が同月二五日に倒産することを見越して、前記約旨を楯にとり、この倒産の前日たる二四日に、同じくこの情を知る同訴外人と通じていずれも他の債権者を害することを知りながら、同訴外人からその店舗、倉庫に存する寝具等原告主張のほとんどの商品(約一〇〇〇万円相当)の所有権を被告に移転し、かつ、その引渡をなすことを合意し、ついで被告はこれを換価したが、その代金から所要経費を差引いた額が二四七万二八三四円であるとして、これを一部弁済にあてたと称している。右訴外人はこれによつて倒産し、原告はじめ他の債権者は同人から債権の回収をすることができなくなつてしまつた。

以上のとおり認められる。乙第四号証もこの認定に牴触するものではない。

右事実によれば、訴外中村武士はその営業活動の過程において、日々商品を購入し、また日々これを販売するのであるから、その店舗、倉庫に存する商品の内容は、その種類も、数量も、価額も、毎日のごとくに増減、変動すると推認しうるところ、被告主張の昭和四〇年一月七日ないし同年七月二六日の契約では、その目的物件として、右訴外人の「店舗、倉庫に存する」という限定を与えたのみで、これら商品の集合したものに対して、継続的な同一性を付与する指標として、管理上その他なんらの具体的方途をも構じておらないところよりすれば、右契約の当時、目的物件は当事者間において特定していたと考えることはできない。このような観点からさきに認定した契約の内容を検討すれば、それは、将来の一定時期に、一方の所有する商品を、その債務額に見合つて特定して、これが所有権を他方へ移転(これを譲渡担保と評価しようと、代物弁済と評価しようと)し、かつ引渡すことを合意すべき旨の契約であると考えられる。

四、以上の事実関係の下に、当裁判所は詐害行為の要件の具備の有無を判断すべき基準時を被告主張の時期ではなくて、原告主張の時期とするのが相当であると判断した。

本件は、なるほど被告主張の契約の履行として、商品の所有権の移転がなされたものではあるけれども最高裁判所昭和三八年一〇月一〇日判決(民集一七巻一一号一三一三頁)の事案と異り、前叙説示のとおり、被告主張の契約当時、目的物件がいまだ特定していないこと、そしてそれが所有権移転の時期に双方の合意によつてはじめて特定したこと、したがつてそれ以前に占有移転等の契約上の権利公示の方法をとりうべくもなかつたこと、また、動産たる商品については不動産の場合に認められている仮登記制度のような予約上の権利を公示する制度がないこと等の諸事情を併せ考えた結果によるものである。

五、そして前記認定の事実によれば、右時点において原告主張の詐害行為の要件は具備していると言うほかなく、かつ所有権の移転を受けた商品はことごとく換価処分しているので、原告主張の訴外人中村武士の本件行為を、その主張の債権額の範囲で取消し、損害賠償として同額およびこれに対する右行為より後である昭和四三年五月一日以降完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を被告に対して求める本訴請求は理由があるから、これを認容することとする。

よつて民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 裾分一立)

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